札幌地方裁判所 昭和47年(わ)286号 判決 1974年11月07日
被告人 天川恵三
昭一五・九・二一生 元ガス配管工事請負業
岡山勝則
昭一八・九・一二生 会社員
主文
被告人両名をそれぞれ罰金五万円に処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人らを労役場に留置する。
訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人天川恵三は、昭和四三年一〇月ころから「天川産業」名義でガス配管工事請負業を営み、北海道瓦斯株式会社(以下、北ガスと略称)の請負業者として作業員を指揮監督して、ガス導管の埋設、同個所の掘削などの業務に従事していたもの、また被告人岡山勝則は、昭和三七年四月北海道瓦斯株式会社に入社し、昭和四四年一〇月ころから工務部供給課本管係として、被告人天川などガス導管移設工事等に従事する作業員らの指導監督ならびにガス導管の安全維持に関する業務に従事していたものである。
(一) 被告人天川は昭和四六年九月六日北ガスから札幌市豊平区美園三条一丁目から六丁目までのガス本管移設工事を請負い、同月八日午後一時ころから午後八時すぎころまでの間、美園三条一丁目の工事を施行するにあたり、自己の指揮下の作業員林健三、日野孝作をして、被告人岡山の指示に基づき、L4型シヨベル・ローダー(総重量約三・五トン)を用いて、既設ガス本管に沿いその家屋側歩道部分を掘削させ、新ガス本管の敷設後、同箇所の埋戻作業を行わせたが、右現場は人家が密集し、右既設ガス本管からこれら家屋に引きこまれているガス導管などの埋設物があり、シヨベル・ローダーを用いて掘削する場合、そのバケツトの爪を埋設ガス導管に接触させてこれを損傷しガス漏出を引きおこす危険があるから、ガス配管工事業者としては、作業に際して、作業員を督励しまたは工事指導の北ガス係員と協力して、ガス導管の損傷の有無やガス漏出の徴候である異常臭気の有無について十分に留意又は点検確認をし、いささかでもその疑いのある場合には、直ちに損傷、漏出箇所の発見、補修に努めるなどの措置を講じて都市ガス中毒などの事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたものである。ところが、同日午後二時半ころ、前記林健三が右シヨベル・ローダーにより同所所在の飲食店「竜馬」こと了馬拓夫方店舗前を掘削中、バケツトの爪を既設ガス導管の立上り管先端のチーズ下部付近に引つかけ、その衝撃によりこれに連なるガス本管のストリート・エルボにねじ込まれた水平管のねじ部を折損させてガス漏出を生ぜしめ、そのため同所付近に異常に強いガス臭が感知され、付近住民から「ガス漏れでないか」といわれたり、作業員中身体の変調を訴えるものが出たりする状況となり、被告人天川においても当時右現場においてこれらの状況を認識していたのに、これらの臭気は既設ガス導管からの微量なガスの漏出あるいは土壌中にしみ込んでいるガス臭気であると軽信して、なんらの措置を講ずることなく、同日午後八時すぎころ右掘削箇所の埋戻作業を終えて、ガス漏出のままこれを放置する業務上の過失を犯した。
(二) 被告人岡山は、同日、右美園三条一丁目における被告人天川らによるガス本管移設工事の指導監督を担当することになり、その際、林健三らに対し前記シヨベル・ローダーによる機械掘りを指示したものであるが、前記のとおり、右現場には人家が密集し既設ガス導管が埋設されていて機械掘りを行う場合、前記のような危険を伴うものであるから、工事の指導監督者としては、右作業員を督励し又はこれと協力して、ガス導管の損傷やガス漏出の有無について十分に点検、確認をし、いささかでも、その疑いのある場合には、直ちにガス導管の損傷、ガス漏出箇所の発見などに努め右作業員らをして補修させるなどして都市ガス中毒などの事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたものである。ところが右作業中、前記のように林健三によるシヨベル・ローダーの使用によりガス導管が折損してガス漏出が生じ、付近住民が苦情をのべたり作業員が身体の変調を訴えるなどの状況となり、被告人岡山において同日午後三時半ころと午後八時ころの二回にわたり、右現場を見廻りにきた際、これらの状況を認識していたのに、これを既設ガス導管からの微量のガス漏出あるいは土壌中にしみ込んでいるガス臭気と軽信し、なんらの措置を講じないで、被告人天川らをして同掘削箇所の埋戻作業を終わらせて、ガス漏出のまま放置する業務上の過失を犯した。
以上、被告人両名の過失により、右埋戻作業終了後から翌九日午前五時二〇分ころまでの間に右美園三条一丁目所在の了馬拓夫方、仲沢正三方および毎熊ミエ子方に前記水平管の折損部より漏出したガスを流入させ、よつて右家屋に居住する仲沢ちや(当五三年)に加療約一週間、仲沢正三(当五七年)、了馬拓夫(当二三年)、毎熊ミエ子(当四六年)、毎熊三津子(当一九年)にそれぞれ加療約三日間、仲沢一(当二二年)、佐藤ちよ(当七六年)にそれぞれ加療約二日間を要する急性都市ガス中毒の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人らの主な主張に対する判断)
各弁護人は、本件について被告人両名は無罪であるといい、とくに佐藤弁護人は種々その具体的事由を詳細に主張しているので、その主な点について当裁判所の判断を示す。
一 供給管の折損の原因について、弁護人は、シヨベル・ローダーのバケツトの爪を立上り管の上部に引つかけたことにより右折損が生じたという点の証明は不十分であると主張する。
しかしながら、本件証拠から認められる次の諸事実、すなわち
1 前記林健三が九月八日午後二時ないし二時半ころ、竜馬食堂前歩道箇所を掘削するため、シヨベル・ローダーを操作中、誤つてそのバケツトの爪を、ガス供給管の立上り管のチーズの下部付近に引つかけてこれに衝撃を与え、その結果、右チーズに連なる立上り管のネジ部に、約10×15mmの打痕を与え、これを中心として20×20mmの範囲で同管を変形させ、かつ最大の凹み変形量約二mmの打痕を残し、かつチーズの下側の角部に約七mm巾の打痕を生せしめ、このため供給管に曲がりを生ぜしめたこと、およびこの打痕を生ぜしめたシヨベルの爪の運動の方向は札幌方面から千歳方面に向うものであつたことが明らかであること、
2 北大工学部長岡金吾教授の鑑定結果によると、本件折損部である、既設ガス本管上部のサービスチーズに連なるストリート・エルボにネジ込まれている供給管のネジ部の破面を観察、検討した結果、この折損の原因となつた力は、破損部の断面において、水平より約二五度斜め下向きで千歳方面から札幌方面に向う方向で作用した剪断力と認められるとの鑑定意見を下しており、かつ本件で折損したガス供給管などと同一の規格の供給管などを用いて行つた強度試験その他の力学的考察によると、前述の林健三が運転したシヨベル・ローダーの爪で立上り管先端のチーズ下部付近を引つかけたことによる衝撃により、右が折損したと考えてもなんら不合理ではなく、力学的条件を十分満足せしめるものと考える旨述べていること、
3 本件証拠から認められるガス供給管の配置の状態や掘削、埋戻作業の状況に照らすと、本件破壊の原因として実際上考えられるものとしては、シヨベル・ローダーの爪を引つかけたことによるものであるか、または同日午後六時半以降に行なわれた埋戻作業中、シヨベル・ローダーの車輪で地面を転圧したことによるか、この二者いずれかによるものと考えられる。弁護人は、このほかに第三の原因として例えば、破壊点にごく近い位置になんらかの打撃又は振動が作用したことによるか、あるいは供給管敷設時における何らかの作業上のミスが加つたことによる場合も考えられるというが、理論上そのような想定をさしはさみうるとしても実際上それらが原因であることを窺わせる状況は本件証拠上認めることができない。
そこで、本件折損が、右に述べた転圧によると認めるべき余地があるかどうかであるが、長岡鑑定によると、シヨベル・ローダーの車輪により土砂を転圧した場合には、供給管に作用する力は下向きであり、これが供給管に伝わるまでの間の土層の支持力の状況などを考慮に入れても、本件折損部を破壊せしめる剪断力による破壊の開始点は供給管の真上または真下あるいは、せいぜい斜上でなければならず、斜下に破壊の開始点が生ずることは考えられないこと、ところで本件供給管の破面観察によれば、破壊の開始点は札幌方面、斜め下約二五度付近と認められるから、本件折損の原因が転圧によるものとは考えられないと述べていること、
4 本件事故現場付近の住民である仲沢正三、仲沢ちや、了馬キヨ、了馬拓夫、毎熊ミエ子、仲沢一、石川文子らの公判調書中の供述や司法警察職員に対する供述、本件掘削作業に従事した林健三、日野孝作の公判調書中の供述、日野の検察官に対する供述、被告人天川の公判廷における供述などによると、本件事故現場およびその付近においては、午後二時ないし午後二時半ころから異常に強いガス臭が感知され、そのため付近住民がガス漏れでないかと騒いだり、住民の中で頭痛を感じるものが出たり、また林健三、日野孝作、天川などが「ガスが漏れているのでないか」などと話したことがあつたり、或いは日野孝作が掘削した箇所の中で作業中身体の変調を感ずるにいたつたりした状況のあつたことが認められ、とくに被告人天川の公判供述によると、同人としてはこれまで長期間本件と同じような作業に従事してきたが、本件のように強いガス臭のした現場は初めてであると供述している。すなわち、本件現場付近においては午後六時半すぎ以降に行われた埋戻しと転圧作業が行われるよりも数時間も前の時間帯において、すでに作業員に対して身体の変調をきたさしめ、かつ付近住民に対し頭痛をもよおしめるとともに、被告人天川らをしてガス漏れを疑わしめるなどの、異常なガス臭が存在していたことが認められるが、この事実は本件ガス供給管の折損が埋戻しの際の転圧によつて惹起されたものでなく、午後二時ないし二時半頃に生じたシヨベル・ローダーによる立上り管上部付近に対する打撃により惹起されたことを推測せしめる有力な情況証拠と認めざるをえないこと、以上の諸点を綜合すると、本件ガス供給管の折損は、シヨベル・ローダーによる衝撃によつて生じたものと認めるに十分である。
もつとも以上の証拠のうち、長岡鑑定人の鑑定結果について佐藤弁護人はその判断は誤つており、又は十分な理由を備えていないとして詳細な反論をしている。その要旨は次の(一)ないし(七)記載のとおりである。(一)右鑑定によると、立上り管上部に加えられた力は、シヨベル・ローダーによるもので、その力の方向は、斜め上向き約二五度であると判定しているが、通常の作業状況では、シヨベル・ローダーのバケツトの爪の向う角度が斜め上向き約二五度になることはありえない。(二)鑑定において破面観察の結果として述べるところ(鑑定書中、第三図として図示されている)は不正確であり、実際の破面の状態は、弁論要旨(昭和四八年一一月二〇日付、以下同じ)の第四、五図として図示したとおりである。すなわち鑑定の誤りは、(イ)右第四図のイ、ロ点の内側へのめくれを看過したこと、(ロ)同様にイ’、ロ’の欠落部分を見落していること、(ハ)鑑定においては、パイプ側のネジピツチの延びの最大はXであるとしているが、実際はa’近い点である。右鑑定人がこのような誤りをおかしたのは鑑定人においてこの破壊がシヨベル・ローダーの打撃によるとの予断を抱いていたこと、およびストリートエルボ側とパイプ側の破損現品を復元観察するにさいし、電縫部を無視したことによると推測される。破壊の開始点および終了点は、右鑑定にいうXX’ではなく、電縫部付近が破壊の開始点であり、イ’ロ’付近の欠落部分付近が終了点であり、鑑定の結論は不当である。(三)右に関連し、鑑定においては、X部分のストリートエルボ内の内側へのめくれは土層の支点作用により生じたとしているがこれはガス管修理のさい、パイプレンチでもぎとつたときにできたものである。同鑑定においては、土層の支点作用が重要な要素であり、これが否定されれば、鑑定の結論が否定されるにいたるのである。(四)右鑑定においては、支点を設けた場合と設けない場合の二種類の強度試験を行ない、いずれも破壊は曲げ引張り側にあたる上部から発生したとし、支点を設けた場合に破壊現品と同じ様相を呈したとしているが、上部が曲げ張りになるのは支点がない場合であつて、支点を設けた場合は上部が圧縮となるべきはずであり、右試験の結果には疑問がある。(五)右鑑定においては、LAカツプリングがプラス、マイナス六度合計一二度の可傾性を有することを無視している。LAカツプリングに許容される一二度の変位を生ぜしめるためには、立上り管の下部で一四・一センチの変位が必要であり、固定端付近五・七センチのところで五ミリの変位が生ずるには、実に二四・四センチの変位が必要になる。パイプのたわみを考慮に入れるとそれ以上の変位が必要になる。このような変位は現実には存在しえない。(六)右鑑定では、支点作用をなすものとして、掘削されない固く詰つた土層をあげ、しかもこの支点の性状について等分布支持反力を想定しているが、土層に等分布支持反力を想定したのは現実性に乏しい。また右鑑定によると、破壊部付近に一五・二三ないし三二・四五t/mの反力が必要であるとしているが、これを面積比に直すと、四四八ないし九五四t/m2となり、これは通常の地耐力と比較して想像を絶するほど大きな反力であり、極めて現実性に乏しい。(七)右鑑定においては、家屋側の横管の破壊の可能性についての検討がなされておらず、同鑑定の論理をそのまま適用すると、むしろ本件破壊箇所に破壊は生じず、家屋側破壊が生じる結果になり、客観的事実に反する。おおよそ以上のとおり主張している。
しかしながら、(一)については、右鑑定は、立上り管上部の打痕部分に上向きの分力が働き、その角度が斜め上向き約二五度であるとしているのであつて、その分力の原因となつた外力を与えた運動体、すなわちシヨベルの運動自体の方向が斜め上向き約二五度であるとしているのではないから、弁護人のこの点の批難はあたらない。
(二)については、なるほど、弁護人らの主張するとおり、破面観察の結果を図示した鑑定書第三図の記載がやや正確を欠くことは否めなく、右鑑定においては、弁論要旨中第四図のイ、ロ点の内側へのめくれを看過した疑いもないではなく、また鑑定に際しイ’ロ’の欠落部分の大きさを実際より、やや小さ目に認識していた疑いもある。しかしながら、これら弁護人指摘の諸点を考慮に入れても、本件証拠現品について確認される次の諸点、すなわち、(1)本件ガス供給管の折損の原因がシヨベル・ローダーの打撃によるものか、転圧によるものかの判定については、破壊開始点と終了点の位置如何が決定的な重要性をもつと思われるが、現品を数倍程度の拡大鏡で観察すると、鑑定書記載のとおり、破面にせんい状の部分と剪断形式の部分とがあり、せんい状部分が鑑定書記載の図示どおりの位置を占めていることが認められること、(2)パイプのネジ部のピツチの伸び、縮みの関係についても、現品を拡大鏡で観察すると、弁論要旨第四図のb、b’線に関していうと、b’側がb側に比べて明らかにピツチが開き、伸び側であること、同じくX、X’線に関していうと、X’側がX側に比べて明らかにピツチが開き、伸び側であること、水平位置を示す札幌、千歳と表示されている線についていうと札幌側が千歳側に比べて明らかにピツチが開き、伸び側であることをそれぞれ認めることができる。弁護人が主張するように、最大伸び側が弁論要旨第四図におけるa’付近であるというような状態は認めることができない。パイプのネジ部分について認められる右のような伸び縮みの関係に注目するならば、本件ネジ部の破壊はやはり鑑定書記載のとおりの方向からの力によるものと考えざるをえない。(3)亜鉛膜のヒビ割れないし剥落の関係についても、現品のエルボ(符一号)内に残存したパイプの内面をみると、弁論要旨第四図のY―b―Xの部分には亜鉛膜のヒビ割れないし剥落は殆んど認められないのに対して、その他の部分には顕著なヒビ割れないし剥落が認められること、現品のパイプ部分(符三号)の内面をみても、弁論要旨第四図のY―b―Xに対応する部分に比べて、その他の部分の方により多くのヒビ割れ、剥落が認められること、(4)弁護人指摘の二箇所に認められる管の内側へのめくれについていうと、上方のめくれは大きさも大きく破壊の際に生じたと認められるが、下方のめくれは小さなものであつて、これは破壊の際に生じたものでなくむしろその後の証拠現品の取扱いの際に生じたものとみるべき余地があり、この二つのめくれの存在はなんら鑑定の結論に矛盾するとは思われないこと(なお、この二箇のめくれの位置であるが、証拠現品についてみると、弁論要旨第四図でいうと、上方のめくれはイ点ではなく、X線に近い位置に、また下方のめくれはロ点でなくロ’点に近い位置にあるように観察される)、
以上、(1)ないし(4)に著眼するならば、破壊の開始点がX’付近であり、終了点がX付近であり、力の方向がXX’の剪断力であるとする本件鑑定の結論は十分に支持できるように思われる。
なお、鑑定において、ガス管の復元を行うにさいし、電縫部に注意し、それにあわせて復元したことも、右鑑定書の記載自体および同鑑定人の公判供述によつて明らかである。
(三)については、ガス管修理のさい、パイプレンチを使用して、パイプをもぎとつたことは事実のようであるが、既に管壁の一部に割れが生じている場合には、パイプレンチを作用させても鑑定書図3のX線付近にあるストリートエルボの内側へのめくれ(湾曲)は生じないであろうという鑑定人の意見は十分首肯することができる。もつとも、第二一回公判調書添付図面(2)において、パイプレンチを使用し、上からの曲げとねじりの力を作用させた場合に、破壊の発生した側の破面に影響することなしに曲がり込んでめくれの生ずることが考えられないではないが本件におけるパイプレンチの使用方法がはたしてそのようであつたかどうか疑問がある、のみならず、X部分とほぼ対称の位置であるX’部分が繊維状破面を呈し、最大伸び側となつているのであつて、これによれば、X部分の内側へのめくれは、曲げ荷重による剪断力によつて生じたもので、パイプレンチの作用によつて生じたものではないであろうという鑑定人の見解は十分合理性があると考えられる。
(四)については、支点を設けた場合の曲げによる圧縮、引張りの関係は、上部が圧縮となることは弁護人らの指摘のとおりであり、鑑定人もこれを認めている。しかし、本件破壊は、あくまでも固定端におけるネジ山のうすい各底部分に生じた剪断力による破壊であることは、破面の状態が明らかであり、曲げによる破壊でないから、本件に曲げモーメントを適用するのは誤りであるという鑑定人の見解は首肯することができる。右鑑定は実験の結果、支点を設けた場合に破壊は引張りにあたる上部から発生し、破壊現品と同じ様相を呈したというのであるから、十分これを信用してよいように思われる。
(五)については、なるほどLAカツプリングは、プラス、マイナス六度合計一二度の可傾性をもつように設計されており、計算上プラス一二度の変位を生ぜしめるためには、立上り管下部で一四・一センチの変位が必要であり、固定端付近五・七センチのところで五ミリの変位を生ぜしめるためには二四・四センチの変位が必要であると弁護人は主張している。しかしながら、LAカツプリングの可傾性が一二度といつても、これは最大一二度まで可能ということであつて、その締め具合やその周辺の土層の支持状況の如何によつては、その可傾の角度がより小さくなることは十分予想されるところであり、それにともない、一四・一センチないし二四・四センチの変位が必要であるとはいいきれないばかりでなく、シヨベル・ローダーの打撃力が相当強大なものであつたと認められること(本件立上り管上部に認められた程度の打痕を生ぜしめるためには、同部位に約二トン弱の力が必要であつたことが、本鑑定の実験の結果明らかである。)を考えると、立上り管下部において、その程度の変位を生ぜしめることは十分可能のように思われる。のみならず、以上はLAカツプリングが打撃の方向に六度傾いた場合を想定しているが、逆の方向にも六度傾きうるのであり、本件においては、家屋側も固定端であるから弁護人が主張する程の大きな変位はなくても、本件破壊箇所に力が伝播することも十分考えられるから、弁護人の反論は必ずしも適切であるとはいいがたい。
(六)については、弾性体的な状態の土層であれば、たわみと反力が正比例し、等分布支持反力は生じないけれども、せい性的な状態の土層であれば、等分布支持反力が生じうることが明らかであり、そのような土層を想定することが本件の現場において必ずしも現実性に乏しいということはできない。また鑑定における土層の支持反力は、弁護人指摘のように、通常の地耐力に比較し、大きい数値であることがうかがわれるが、瓦礫に類する固く詰つた土層であれば、その程度の支持反力を想定することができないわけでないと考えられる。そして、このような想定は、あくまでも本件破壊についての力学的条件を満足するものとして想定したものにすぎないから、かりに右想定が現実性に乏しいとしても、必ずしも、鑑定全体が信用できないことになるものとは考えがたい。
(七)については、なるほど右鑑定書中の「力学モデルの検討」で使用した数式をもちいて計算すると本件破壊箇所が破壊する前に、家屋側に破壊が生ずるようにも考えられないわけではないが(もつとも長岡鑑定人はこれを否定している)、そうだとすれば、前記数式中のl4を〇・三三メートルで固定端とした仮定が正確でないというにとどまり、家屋側が「単純支持の要素を含むルーズな支持条件」とみれば、家屋側が破壊することはありえないことになり、工学的には矛盾はないように思われる。
以上のとおりであつて、弁護人の指摘中には、正当と思われる点もないわけではなく、右鑑定において、もちいた仮定のなかには、必ずしも全面的に的確な仮定であるとは、いいがたいものも見受けられるけれども、本件破壊の原因として実際上考えられるものとして、シヨベル・ローダーによる打撃か、転圧かの二つしかありえないと思われる本件においては、破壊の原因がシヨベル・ローダーによるものであり転圧によるものとは考えられないとする鑑定の結論は十分信用しうるものと認められる。
なお、佐藤弁護人は、当裁判所の検証の結果、すなわち被告人側において本件と同規格のガス供給管を埋設した状況における打撃実験により、本件と同一箇所が破壊しなかつたことをもつて、右鑑定は信用できないと主張している。しかし右実験の条件設定については本件事故発生現場とできるだけ類似の状況を備えようとしたものとは認められるが、正確に同一の条件設定を備えることができなかつたことは当然であるうえ、実験の結果においても、供給管が壊れるものと壊れないものと相半ばし、破壊する箇所も種々様々であつたことを考えると、本件事故と同一箇所が破壊しなかつたからといつて、右鑑定に対する反証とすることはできない。むしろ右実験の結果によると、シヨベルローダーの運転者が、シヨベルの爪で立上り管の上部を打撃し、その手ごたえを殆んど感じない場合でも、ガス供給管が折れ曲り又は破壊した事実、また、打撃箇所に本件事故の証拠現品に認められるほどの凹みを残す顕著な打痕ができなかつた場合であつても、ガス供給管を折損させる例(例えば、B2、B5の場合―昭和四七年押第二〇三号の符二二、二六号)のあつたことも明らかであつて、このようにシヨベル・ローダーの打撃力が強大であることは、むしろ鑑定人の結論を裏付ける一資料とみとめてよいように思われる。
以上によれば、本件折損の原因は検察官の主張するように、シヨベルの打撃によるものと認められ、弁護人の主張は採用することができない。
二、予見可能性などについて
弁護人は、被告人両名には、本件においてガス供給管を折損させ、ガス中毒事故を生ぜしめることについて予見可能性がなかつたといい、その理由をいろいろあげている。しかしながら、本件工事現場は人家が密集し、それらに引き込まれるガス供給管が地下に埋設されており、シヨベル・ローダーで機械掘りするときこれを引つかけるなどして、折損させる危険性が大であつたこと、実際例としても水道管などを機械掘りの際折損させるなどのことがしばしばあつたことや保安規程の上でも機械掘りに際し事前に埋設物の位置を確認するなどの注意が要求されていたこと、とくに本件現場において過去に例をみない異常に強いガス臭が感知され、作業員のなかにも「ガスが漏れているのでないか」と言つたり、身体の変調を訴えるものもいたことなどを考えると、ガス供給管の折損によるガス中毒事故の発生を予見することは十分可能であつたというべきである。なお、被告人両名は、本件現場に充満していたガス臭を、通常は危険のない、インロー漏れ(ガス管とガス管の継目から長時間にわたつて微量の都市ガスが漏出して土に滲みこんだもの)であると思つた旨供述しており、被告人らがそのように考えていたことは間違いないと思われるが、証人長谷川勉の供述(第九回公判調書)によると、インロー漏れに混じつて、都市ガスが漏出している場合、人間の五感では、これを区別することは困難であるというのであるから、本件で感知されたような異常に強い臭気のある場合には、これをインロー漏れにすぎないと決めてしまうことなく、さらに進んで判示の点検確認義務をつくすべきことは当然であり、予見可能性がないという主張はとうてい採用できない。
また、被告人岡山は、当時仕事が多忙であつて、注意義務を尽くすことはできなかつたとか、北ガス会社においては能率主義に偏した経営体制をとり保安教育をおろそかにしているために発生した事故であるなどと主張しているけれども、判示程度の注意義務をつくすのにそれほど多大の時間と労力または特殊な技術的知識が必要であるとは思われず、まかりまちがえば住民に死の結果をもたらすべきガス配管工事に従事し又はこれを指導監督するものとしては、たんなる仕事の多忙ということをもつて責任を免れる理由とすることは許されないと考えられる。
(法令の適用)
被告人両名の判示各所為は、いずれも行為時においては刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法二一一条前段、改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い仲沢ちやに対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人両名をいずれも罰金五万円に処することとし、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人らを労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。
鑑定書 第3図 X―X′断面<省略>
弁論要旨 第四図
破面、切断面の位置関係図と欠落部の図<省略>
弁論要旨 第四図<省略>
弁論要旨 第五図
亜鉛膜のヒビ割れと管内面クビレ範囲の位置関係図<省略>
弁論要旨 第五図<省略>